痕跡についての映画 『悪い女』

悪い女 [DVD]

 

海辺で二人の女がすれ違う。その瞬間に片方の女が持っていた何かが砂の上に落ちる。それが何なのかと目を凝らす私たちの前に提示されるのは濡れた砂の上で力なく跳ねる金魚のアップショット。その後、もう片方の女が落ちたビニール袋に鞄の中から出したミネラルウォーターを注ぎ、金魚を入れる。金魚は何事もなかったかのように泳ぎだす。この冒頭のシーケンスが、この映画の全てを物語っている。

これは痕跡についての映画だ。鯖の絵。雪の上の引き返す足跡。エゴン・シーレの絵。ぐちゃぐちゃに丸められそのあと丁寧にのばされた写真。そして娼婦の肉体の上に残った見えない痕跡。セックスとは自分と相手の肉体に見えない痕跡を残す行為なのだと気付く。愛があってもなくても彼の、彼女の肉体に痕跡は残り続け、その寂しさが売春宿近くの海と混じり合う。それは光に溢れた清々しい朝の歯磨きをもってしても消し去ることは出来ないのだ。