31文字の世界

野暮用で御茶ノ水から神保町まで歩いた。 晴れた日でよく乾いた坂道を下っていく道のり。 書店に入ってなんとなく短歌コーナーへ足が向く。 31文字で世界をつくる短歌は、俳句よりも作為的に思いを込める余地があり、詩よりも言葉そのものの意味の広がりを味…

希望はいつも上のほうから「恋人たち」

忘れないうちに昨年末に観た映画のことを。橋口亮輔監督の新作「恋人たち」。調べてみると「ぐるりのこと」以来7年ぶりの長編とのこと。 昨年観た映画の中でもベスト3に入る傑作。男女3人の群像劇で、それぞれが少しずつそれぞれの人生に関わりながら物語…

それでも虫音は鳴り止まず「野火」

塚本晋也監督の「野火」。言わずと知れた大岡昇平の同名小説を映画化した作品。 昨年話題になっていたものの未見だったので、ちょうど上映していた渋谷のアップリンクへ赴いた。劇場はほぼ満席。 塚本晋也自身が演じる主人公をはじめとした日本兵たちはみな…

脱ぐ男と晒す女 『極東のマンション』

2週連続で東京現代美術館へ。 目的は企画展「東京アートミーティング」の関連イベント、松江哲明スクリーニング&トーク。 真利子哲也監督の『極東のマンション』、松江哲明監督の『カレーライスの女』が上映された。いずれも2000年代前半に撮られた30分程度…

寓話の強さと弱さ『独裁者と小さな孫』

イランの映画監督、モフセン・マフマルバフの『独裁者と小さな孫』。 おそらく世界中を騒がせたパリのテロ事件以前に製作されたこの作品は現在の世界の「気分」を的確に捉えている。 観客をこの作品の物語へと強く引き込む装置が「寓話」である。この地球の…

洗濯

洗濯が好きで、そして嫌いだ。 洗濯、すなわち、洗うそして濯ぐ。 「濯ぐ」という言葉の持つのどかさと清涼感が好きだ。 最近はフレグランス系の液体洗剤の隆盛により、時代遅れ感がでてしまった粉洗剤の匂いと、白に混じる少量の青の非日常的な鮮やかさが好…

蛍光灯3本ぶんの多幸感

蛍光灯が切れたので交換した。わたしの部屋のリビングは直管の蛍光灯3本で照らされることになっているが、そのうち2本が切れるまで交換を延ばし延ばしにしていた。怠惰、あるいは冒険。蛍光灯1本でみる景色と3本でみる景色の違い。それまで1本だった部…

アクリルの箱

「減るもんじゃないし」というよく聞く文句は嘘で、エントロピーの法則が宇宙にある限りこの世界で減らないものなどない。体験はその回数を重ねるほどに個々の重みきらめき特別さを減少させてゆく。 なので、もしその体験を絶対的なものにしたければ、もう何…

好きなひとがいる

白いポロシャツがかたちづくる華奢な肩、筋ばったくびすじ、唇を少し歪めて話す癖。その奥底にレイヤーになってある沖縄猫アンゲロプロス。

いまださめず

渋谷の地下鉄の改札の前では不細工なおとことおんなが体を密着させそのからだとからだの間にはいかなる意味も物質も入れまいという勢いで佇んでいる。いつもの光景。 すごく不細工なおとことおんなの日やちょっと不細工なおとことおんなの日とかその日その日…

ヘッドフォン

ヘッドフォンで音楽を聴いていると、当たり前だけどそれは自分にしか聴こえず、周囲の人にはわたしがどんな音楽が聴こえているのかということは全く分からない。でも、わたしの中では色んなリズムやグルーブが響きまくりでもうすごいことになっちゃっている…

鯵のひれの赤は血液の赤

鯵をよく見るとそのひれの付け根はほんのりと血液が透けていて赤く、それは注視しなければ分からない。このように最近の私は所帯染みていて、人が食べるはずの夕食などをその人たちが食べるタイミングに合わせて作ったりしている。 桜がまだ咲かないね、いや…

暑いのと寒いのと

寒いと悲しくなる。暑いと悲しくはならない。 寒いと緊張する。暑いと弛緩する。 寒さにあるのはある種の深刻さ切実さでそういうものが続くのはやっぱり嫌だなぁ。 だけどそんな私の趣味など反映されずに地球はというか地球の日本部分は、 明日もきっと寒い…

夕方に見る夢に たいていうなされる

小さい頃住んでいた家の半径50mから4kmあたり。わたしは幼くもあり現在の年齢でもある。要するに、私の歴史のあらゆる断片がつまっているそんな私。その断片のいずれもの濃度も同一で等価値だ。 混沌とセックスと黒い霧が背景にあって、私は確信を持って何か…

風景と心理をスキャンする小説「シンセミア」

去年の読書納めは阿部和重の「シンセミア」だった。 山形県の神町という田舎で起こる事件を俯瞰的に書いているのだけれど、とにかく後半のドライブ感がすごい。読んでいてアドレナリンが出るのを実感できる小説はひさびさだった。 物語の中核を担う人たちの…

深夜の無目的会話メモ

何かを背負ってる 孤独感 現代にシンクロ=予言 ほとんど暴力的に思い出す 匂い、空気、湿度 遠くから ぐるぐる回る スピード感

ガラスは味がしなかった

へんな夢を見た。 私は自分じゃない他の人間という設定で、ガラスをぽりぽりと食べていた。 ガラスはおはじきよりもやや薄くカップヌードルの容器の底くらいの大きさの円形でやや青みがかっていて、口に入れると冷たくて滑らかだった。 その滑らかなガラスを…

雨の日のプールに「ガンモ」

久々に「ガンモ」を観たけれど、やっぱりすごくよくて、この良さは何なのだろうと考えてしまう。ラストがすごく泣ける。私が好きな人にはこの映画を好きであって欲しいと思う。 猫が目撃されてから殺されるまでの物語であるというのは今回気付いた。あの可愛…

痕跡についての映画 『悪い女』

海辺で二人の女がすれ違う。その瞬間に片方の女が持っていた何かが砂の上に落ちる。それが何なのかと目を凝らす私たちの前に提示されるのは濡れた砂の上で力なく跳ねる金魚のアップショット。その後、もう片方の女が落ちたビニール袋に鞄の中から出したミネ…

濡れた黒 『カビリアの夜』

ジュリエッタ・マシーナ!よく動く大きな目と全身から生きるエネルギーを発散させているような仕草の数々。子供のようにてらわず奔放で魅力的な女性である。彼女が主演し、彼女の夫でイタリア映画の巨匠、フェデリコ・フェリーニ(関係ないけど「フェデリコ…

反ハリウッド的ハリウッド映画 『ミスト』

私はいわゆる「衝撃のラスト」という言葉で分類されるような映画が好きでよく観る。『ユージュアル・サスペクツ』とか『ゲーム』とかそういう感じのもの。 ほんの数カット、時には1カットで始まりからそれまでの時間積み重ねてきた物語の意味ががらりと変わ…

映画を撮ることの困難 「アメリカの夜」

遅ればせながらずっと気になっていた阿部和重著「アメリカの夜」を読了した。 「アメリカの夜」というフランス語が、絞りやフィルタを調節することで日中に夜のように暗い映像の撮影を可能にする撮影技法だということはこの本の最後のくだりで初めて知った訳…

光の厚み 「ストローブ=ユイレ あなたの微笑みはどこに隠れたの?」

先日アテネフランセで前々から気になっていた映画、ペドロ・コスタの「ストローブ=ユイレ あなたの微笑みはどこに隠れたの?」を観た。ストローブとユイレの微笑みが一体どこに隠れたのかは結局分からずじまいだったが(何でこんなタイトルなんでしょう)、…

自転車の速度

夕暮れ、自転車で町を走る。川沿い、小さな橋、並木道、路地裏、を選んで行く。自転車で進む時速と自分の思考のスピードがリンクしていて気持ちいい。道はわたしに選ばれていく、と何となく思う。いつも何かを選びとるのはわたしで、この目で世界を切りとっ…

芝生と西日

春が近づいてくるのは匂いで分かる。難しいことばかり考えていたもしくは、何も考えていなかった。 私の中で蓄積された春の経験、別れとか出会いとか散歩とかプリーツスカートとか好きな先生とかおかっぱの女の子とか鳥がいる河原とか「もう会えないね」「会…

雪ゆき「椰子・椰子」

子供がいる女の人の一年間の話。モグラが訪ねてきたり子供を折り畳んだりするかなり非現実的な生活でそれを淡々とした語り口で綴ってゆく。川上弘美の中では2番目くらいに好きな小説。 きっと子供とかもほんとはそんざいしてない。まさしく眠っている時に見…

階段のほこりと六花亭のチーズクリーム

実家に帰って家がかつての自分の記憶よりも古く汚くなっていることに切なくなる。当たり前だが、両親も祖父母も年をとる。そのことを確認する作業を実家に帰る度にしなければいけない。 お正月はやはり新鮮で改まった気持ちになるし、澄んだ空気を感じていつ…

メタと8mmと夜のネオンと「闇打つ心臓」

先日「闇打つ心臓」という映画を観た。長崎俊一が1982年に製作した同名の8mmフィルムの映画を自身でリメイクした作品だ。 すでに存在する作品をリメイクするやり方としていくつかの方法があるけれど、長崎はその中でもかなり野心的な方法を用いた。リメイク…

わたしは紅茶ならリプトンが好き

メディアやかつての人の追体験じゃなくて新しい経験と、それに喚起される言葉にすら落としこめないような感情。固有名詞や軌跡やフィルターのかかった感覚やその他色々なものに乗っけてしまった方が安易で意外と楽しかったりするけどね。 リプトンの好きなと…

今日のごはんと失いゆくもの「羊をめぐる冒険」「ダンス・ダンス・ダンス」

風邪をひいて寝込んでいた時に久々に読み返してみた。大学生の時の日本文学の講義で、私はこの本についてのレポートを書いた。今まで失ってきたものとこれから失われるものについて。私はこれまでに(たくさんの人と同様に)色々なものを失ってきたから。喪失…